「でさ、俺あんたの名前まだ聞いてないんだけど」


店の暖簾をくぐったところで凌統がいった。
そういえばどたばたしてて自己紹介してなかった。
(まあどたばたしていたのはだけなのだが)

「えっと、です」

凌統のほうを向き、なるべく丁寧にいった。
そのまま握手を求めるように右手を差し出す。
が、凌統はその手をまるで無視するように腕組みをした。

「で?」

「で、とは?」

「それだけ?ってこと。もっと他にあるでしょ。
どんな性格とか、生まれ故郷とかさ」

「あ、あぁ…」

正直、この人はあまり他人には興味ないのかと思っていた。
しれっとしているしちょっとすかしたところがあるっていうか…。(失礼)
だから、こんなに詳しく聞かれるのに驚いた。
凌統はそれを読み取ったのか、の顔を見ながら薄く笑った。

「だってさ、長く旅するんでしょ?それなら相手のこと少しでも
知ってたほうがいいだろ」

は目を見開いて凌統を見つめた。
なんでこのひと私の思っていることが分かるんだろう…。
超能力者かなんかか?そんなわけない。
が百面相をしながら考え込んでいると凌統は呆れたように小さく溜息を吐いた。

「あのさぁ…そんな分かり易い顔してると、嫌でも考えてることわかるっての!」

さっ、と再び頬を両手で隠した。
昔から顔に出やすいとは言われてきたけど、ここまで当てられるのは初めてだ。
恥ずかしい…。
黙り込んで俯いてしまったを見て、凌統は密かに笑った。

「…ま、これからよろしく頼みますわ」

そういって右手をに差し出す。
それを黙って見つめていると凌統は急かすようにぶんぶんと手を振った。
そっと手を差し出すと待ってましたといわんばかりに思い切り握られる。
それから凌統はの頭を撫でた。

「そんじゃ、行くとしようか!」



新たな旅が、始まった。
















「ちょ、ちょっと凌統さん!早いですって!」

先ほどから、凌統の背中ばっかり追って走っている。
早すぎるのだ。
付いていくのに必死で此処が何処なのか、何処へ向かっているのかすら
分からない状況だった。
街を出た二人は、行く宛てもないので適当に進もうか、という話になった。
あまり方向感覚の良くないは凌統に任せることにした。
それはいいのだが、凌統が一度走り出したら驚くほど早い。
見失わないように、とにかく何も考えずについていくのがやっとなのだ。

「悪い悪い。あんたは一応女の子だもんな」

「一応ってなんですか!」

凌統の言葉にむっとしたは足を止めて叫ぶ。
これ以上走れないよ…。
凌統も足を止めての元へ近寄ってきた。
息一つ切れてない。どんな体力の持ち主なのだ。
と、は心の中で呟く。
人は見かけに寄らないのね…。
凌統は爽やかな顔しての肩をぽんぽん、と軽く叩いた。

「大丈夫かい?」

「ま、まぁ…」

呼吸を整えながら呟く。

「そうか。じゃあまだ走れる?」

「え!?うそ!?」

「冗談。あんた本当面白いね」

「…………」

凌統は心底楽しそうに喉の奥でくつくつと笑った。
完全に遊ばれている。
は頬を膨らませて凌統をにらんだ。
凌統は笑うのを少し抑えると腰に手を当てた。

「悪いって。あんたといると楽しいねぇ」

その言葉にぽっと顔が紅潮する。
この言葉がただこの場だけの冗談なのか、それとも本気で言ってくれているのかは
凌統しか知らないことだが、もしそれが冗談でも嬉しいではないか。
心の隅にもないことをいったりはしないだろうから。
が一人照れている様子に気付くこともなく凌統は進むべき方向にむきなおった。

「この先に小さな村があったような気がするんだけど…」

「え?また村にいくんですか?」

照れていたはぱっと凌統を仰ぎ見て不思議そうに言った。
つい半日前村にいたばかりではないか。
襲い掛かってくるものもいなかったし、敵という敵に出会ってはいなかった。
体力は全然消耗していないはずなのに…。
なのになんでまた村に行く必要があるんだろう?

「情報収集だよ、基本でしょ」

「あ…」

「さっきの村は武勲を稼げるようないい情報はなかったからね、とりあえずいろんな村を
当たって情報を得るんだ」

凌統は先ほどの村でも、の知らない間に情報収集をしていたのだ。
ちゃらちゃらしてそうで結構しっかりしているところもあるみたい。
が凌統を尊敬の眼差しで見ると、凌統は口角を片方上げて微笑んだ。

「まあ、それなりに経験してるからね。俺の知ってることはあんたに教えるつもりだよ」

「ありがとうございます!」

「それに、もう日も傾いてきたことだし宿を見つけないと。野宿は流石に俺も嫌だし」

野宿…。
この頃は昼間と夜の気温差が激しくなってきた。
そんな季節の夜に外で外気を帯びて寝るなどというのは、自殺行為をしている
ようなものだ。
そんなのはごめんだ、ともぶんぶんと顔を振った。
凌統はの納得したような様子を見ると一度大きく頷いた。

「ようし!なら行こうか!」

「はい!」














「凌統さん!見えてきましたよ、村!」

先ほどまで凌統の後ろを付いてきていただけのだったが、村の輪郭が見えてくると恐ろしいほど歩く速さを速めて凌統を追い越してしまった。
満面笑顔で村のある方向を指差して凌統に「早く早く!」と手招きする。 
その変わりように一瞬足を止めてしまった凌統だが、気を取り直して再び歩き出す。
本当、単純な奴。
凌統はの天真爛漫な様子に内心穏やかな気持ちになり、本人も気付かないうちに小さく微笑んでいた。

「凌統さん?何笑ってるんですか?」

が不思議そうに凌統を下から覗き込む。
首を傾げて見上げてくる仕草がとても可愛らしかった。

「笑ってないっつの。ほら、急ごうか!」

「はいっ!…わわっ、もう日が落ちてきちゃった」

背後にあったはずの橙色をした太陽は、既に半分も顔を出してはいなかった。
先ほどまでの視界とは打って変わって、紫色をしたような、そんな不気味さが漂っている。
左右にある生い茂った林が不気味でたまらない。

「……。走りましょう!」

二人は落ちかけた太陽を背に走り出した。
二人が去った後の道の端で何かが動いた。