「凌統!」
自分を呼ぶ声に、否、彼女の声に反応して横にしていた身体をすぐさま起こす。
昼寝をしようかと誰にも見つからないような屋根の上に来たのだが
にはお見通しだったようだ。
真上まで昇ったお天道様が眩しい。
目を細めての声のする方を見やっていると、ひょいっと、軽やかに登ってきて
凌統を見ながらにっこりと微笑んだ。
相変わらず、身軽なやつだ。
俺はその笑顔に平然を装っていた。
あくまで、装っていただけ。
「み〜つけた」
軽い調子でそういうと、また微かに微笑んだ。
凌統の顔も自然と綻ぶ。
「何、もしかしてわざわざ俺に会いにきたわけ?」
「甘寧が探してたよ」
「甘寧?…いいよ、ほっとけばいい」
「そぉ?凌統がいいならいいけど」
凌統が座れと言うように身体を横に少しずらすと、はちょこんと体操座りを
して座った。
ふわり、と特有の花のような優しい香りが鼻を掠める。
その瞬間凌統は全身の血が沸き立つような、そんな感覚に襲われた。
自制しようと首を大きく振る。
そんな凌統の奇怪な様子を見ていたのか、は不思議そうな顔で凌統を
覗き込んだ。
首を傾げる姿は凌統をどこまでも引きずりこむ。
まじでいい女。
幼い頃から一緒にいる幼馴染だったから、意識は全然していなかったのだが、
国に父と一緒に仕官して幾年か経ち、という器量の良い女が仕官してきたという
噂が立った。まさかとは思ったが、見てみればあので。
一時期見ない間に随分ときれいになった。
昔、一緒に裸足で走り回っていたとは誰も分からないくらい綺麗に、そして
女っぽくなっていたのだ。
の端麗な容姿と、その容姿に似合わない人懐っこい性格にひそかに
想いを寄せる者も少なくはない。
自分は幼馴染だから、恋愛の対象として見られているのか謎だが、今はの
一番近くにいられる、それだけでも十分だ。
まあ、寄ってきた男には容赦ないけどね。
「なあ、」
「なぁに?」
「抱きしめていい?」
「……ふふっ。凌統って結構甘えんぼさんだよね」
誰にでもこんなこと言うわけじゃねぇのに…。
「にしか言わないんだけどねぇ、こんなこと」
なんとなく、告白混じりなことを言ってみるも気付く気配は一向にない。
こいつは、かなりの鈍感。
「ほんと?…へへ、じゃああたしだけの特権だね!」
嬉しそうにそういうなり凌統の肩に頭を乗せてきた。
甘えんぼはどっちだっつの。
そう突っ込みたくなる。
「天気いいね」
「ああ。、一緒に昼寝しようか」
「う〜ん…凌統鍛錬は?」
「あのなぁ、こう見えても毎朝みっちりしてんの。それに今はと居るほうが大事」
「後で呂蒙殿に怒られても知らないよ〜?」
ほら、やっぱり気付かない。どこまで鈍感なんだっつの。
凌統はの問いには答えずそのままを抱くと横になって目を閉じた。
の身体は温かくてとても心地よい。
の香りに包まれながら、凌統はより一層強く抱きしめた。
「凌統、あったかい」
二人はこのまま意識を手放した。
*
真上にあった太陽は、いつのまにか西へと落ちかけていた。
どのくらい寝ていたのだろうか。夕方になり、肌寒いのか二人はお互いを抱き合う
形で寝ていた。
はじめに目を開けたのはのほう。すぐ目の前の凌統の顔を改めてまじまじ見つめてみる。
……長い睫毛。これだけ整った顔立ちが間近にあれば誰だってドキドキするだろう。
昔は一緒に寝ていたりしても何とも思わなかったのに。
意識し始めたのはいつからかな…?
呉に仕え始めたとき、凌操殿がいることをしってもしかしたら凌統も…って思った。
久しぶりに会った凌統はとても勇ましくてかっこよくて。
背も随分伸びたなぁって。昔はあたしと同じくらいだったのに。
は昔を思い出しながら密かに忍び笑いを漏らした。
「凌統、あたしの気持ちに気付いてる?」
を抱いたまま寝ている凌統に話し掛けた。
もちろん答えは返ってこない。
「…好き、なんだよ?凌統が、一番」
「それ、ほんと?」
「!!」
急に凌統が喋ったかと思うと目を開けた。
まっすぐにを見つめる瞳は真剣そのものだった。
一方、のほうは凌統がいきなり目を開けて、しかも自分の言ったことを
聞いていたことに驚き声も出ないようだった。見る見るうちに顔を紅に染めていく。
凌統を正視できないでいると、凌統は小さく微笑みの顔にかかっている髪の毛を梳いた。
「なぁ、まじ?」
「……う、嘘つくはず、ないじゃん…」
こんなの反則だよ…と小さく呟いた。は目を合わせられず泳いがせていると
凌統はぎゅっとをかき抱くと破顔した。
呉にきて、凌統に再会してからこんな笑顔を見たことがなかったので少し驚いた。
「すっげえ嬉しい!」
いつもの大人びた、どこか背伸びをしたような凌統はそこにはおらず、小さい頃の
子供のようににっこりと笑っていた。
凌統の素直な言葉に恥ずかしくなる。
「………へへっ。…っていうか凌統、ずっとおきてたの?」
「好きな女を目の前に暢気に寝られるほど俺は大人じゃないんでね。なのにお前は
がーがー寝るし……」
「え!?あたしいびきとかかいてたの!?」
「冗談だっつの。可愛い顔して寝てたよ」
「………」
紅潮させて頬を膨らませて怒るを愛おしく思いながら、凌統は髪の毛を撫でてあげた。
「、お前だけは絶対離さない。っつか、頼んでも離してやんねぇ」
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なんか、だらだらになっちゃいましたね…。
ここまで読んでくださって有難うございます。
2005/12/29