『好き…なんです』
目の前に立っている少女から行き成り紡がれた言葉に驚いて
その場に棒立ちになってしまった。
少女は不安そうに定まらない視点で地面と自分を交互に見て
いた。言葉を待っているのだ。
「お、おい。行き成りどうしたんだ…?」
口から出てくる言葉はこんなものしかない。
兎に角行き成りなことで此方も驚いているのだ。
だって、昼間一緒に鍛錬したばかりだったではないか。
あの戦場の時のように美しく舞って、兵士達を魅了していたじゃないか。
俺には、そんな素振りを見せなかったじゃないか。
『だから、…初めてお会いしたときから、ずっと…』
「俺…を?」
『…はい』
返事と同時にこくりと小さく頷く。
はだんだんと涙目になっていく。
俯いて何も言わなくなったを不意に可愛い、と思ってしまった
自分。気付かれないように静かに頬を染め、軽く頭を振った。
しかも、嬉しいと感じている自分がいる。
この子は甘寧の妹だぞ?そう言い聞かせても無理なことで嬉しさ
からか身体が小刻みに震えていた。
凌統は何も言わずに一歩前に踏み出すと、ゆっくりとに手を伸ばした。
気が付いたはその手の行方を静かに見ている。
潤んだ大きな瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだった。
凌統が差し伸ばした手は、の背中をまわりゆっくりとを引き寄せる。
優しく抱き締めるとは腕の中でもぞもぞと動いた。
「……?」
何か、変ではないか?
小柄なのは小柄なのだが、女にしては少々ごつくないか?
それに、抱いたことに対しての反抗の力が半端ではない。
しかも特有の甘い花のようないい香りが、しない。
そう、まるで…男のようだ。
*
「凌統殿!!!!」
突然耳元で叫ばれて目をぱっちりと開く。勿論、の声ではなかった。
そして今、抱き締めているのは、夢の中で抱き締めていたのは、男。
「いい加減に目を覚ましてくださいっ…よ!!」
勢いをつけたその男は自分から凌統を思いっきり引き剥がした。
一瞬よろめいたが、すぐに衣服の乱れを正して深呼吸をする。
「…お目覚めになられましたか?」
口元は笑っているが、目は笑っていない目の前の男をぼんやりと見ながら
凌統はこくり、と頷いた。
「陸遜…お前だったのか…」
ちっ、と軽く舌打ちした凌統にむかっときた陸遜は朝から珍しく大声を
出した。
「おはよう御座います、凌統殿。朝一番に見る顔が私で悪かったでしょうか?
それとも夢の中でどなたかと抱き合っていたんでしょうか?中々起きないので
失礼してお部屋の中に勝手に入らせてもらった私は悪いでしょうが近づいた途端に
行き成り男である貴方から抱き締められると分かっていたら私も絶対にお部屋の中に
入るような真似はしませんでしたよ」
ほとんど…否、全く息継ぎなしで言い切った陸遜の言葉を聞いていた凌統が
窒息しそうになっていた。
「…ごめん、陸遜。俺が悪かったって。謝るよ」
「ま、まあ良いんですけど。すみません私も朝からあんな大声を…」
素直に謝られたのでこれ以上何も言えなくなって、しかも自分も謝る羽目になった
陸遜は内心自分のお人好しと言うか、単純な性格に鼻で笑った。
「で、俺に何か用があったから入って来たんじゃないの?」
「!そうでした!つい忘れるところでした」
本題を忘れてどうするんだ、と突っ込もうかと思ったがまた話がそれると
めんどくさいやり取りをしなくてはならないと思ったので止めた。
そのまま凌統は話を聞いた。
「殿に、川賊の討伐を緊急に頼まれまして。急の事で申し訳ないのですが
準備が出来次第出発します」
「俺、それに行くの?」
「勿論です!だからこうして早朝からお邪魔したのです」
陸遜は、まだ少々寝惚けているであろう凌統に準備をするように促せると
早々に立ち去っていった。
「川賊…。ぜってぇ甘寧の野郎も来るはずだ…ちっ」
凌統は先ほどまで見ていた夢のことが気になりもしたが、そんな暇は無い。
元から癖がついている髪の毛に、寝癖で更に酷いことになっている髪を
乱暴に掻くとその場をたった。
*
「兄様!」
珍しく、こんな朝から起きている甘寧の後姿を見つけた。
は甘寧と同じ鈴の音を転がせながら兄の元に駆けていく。
「おう!!どうしたんだ?」
「今日の、討伐戦、わたしも、行けるんですよねっ!?」
走りながら言葉を発しているため声が弾む。
漸く甘寧の元まで来ると息切れすることなく満面の笑みを浮かべた。
「あったりまえよ!俺らは水の上に関しちゃ右に出るものはいねぇからな!」
「兄様ったら!でも本当嬉しい」
「なんだぁ?俺と一緒がそんなに嬉しいのか?」
可愛い奴、と言おうと口を開けた瞬間、からでた言葉に豪快に笑っていた
笑みが消えた。
「違うんです、凌統様も行くって聞いたから!」
にこにこと、凌統のことを考えるだけで楽しい、といわんばかりの表情に
甘寧は眉根を寄せた。
凌統は俺たち兄妹を嫌っているはずなのに、は一緒に戦場に立てて嬉しいと
いう。普通は自分のことを嫌っている奴と一緒には居たくないはず。
二人の間に何かあったのか。
妹、の考えが分からず甘寧は腕組みをして尋ねる。
「、凌統と仲良かったか?」
「…いえ、でも昨日一緒に稽古させてもらったんです!すっごく楽しくて!」
「お前から頼んだのか?」
「この前の宴のときのお礼をしに行ったら、暇なら鍛錬していくか?って
言ってくださったんです!」
終始にっこりと目を細めながら話すを、可愛いと思いながらも甘寧は
複雑な気持ちだった。
凌統のことは、いいことだと思う。凌統がのことは認めてくれたという
ことだろう?俺だけを恨むのはいいが、関係のない妹まで巻き込むのは
お門違いというもんだ。それに、凌統のことをそんな器の小さい男だとは
思っていない。
「…そっか!よかったじゃねぇか!…でもよ、俺と一緒が嬉しいか?って
聞いて『違うんです』はねぇだろ。兄ちゃんは悲しいぞ!」
「…あ!やだっ違うんです兄様!勿論、嬉しいですよ!?兄様のこと大好きです」
「あ〜へこんだぜ…」
わざとその場にしゃがみ込んで大袈裟に振舞う甘寧。
「兄様!本当にごめんなさい!ねっ?機嫌直してください」
どっちが年上なのか分からないようなこの兄妹。
廊下の曲がり角から足早に誰かがでてきた。
「甘寧殿!殿!」
「あっ陸遜様!」
「準備の方は出来ましたか?…甘寧殿?何を馬鹿みたいにしゃがみ込んでいるの
ですか?全く、殿も大変ですね…」
「お、おい陸遜!馬鹿とはなんだ馬鹿とは!それに!しれっと頷くな!」
「煩い煩い、さぁ殿行きましょう」
こちらも大袈裟に両耳を手で塞ぐと白い目を甘寧に向けた陸遜。
甘寧に対しては扱いが酷いようだ。
は微かに微笑んで、二人の仲を少しうらやましく思った。
「兄様、陸遜様、行きましょう!」
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何ヶ月ぶりなんだろう…(汗)
しかも夢っていう夢じゃないよね…(遠い目)
次は…川賊討伐戦です!!……たぶん。