その日、はなんとなく庭園に散歩しに来ていた。
はぁ。今何してんだろ。
思い浮かぶのは想い人の事ばかり。
執務してるかな?否、それはないかな。あいつの事だもん。
寝てる?鍛錬?……ただ会いたい。
庭園には女官や侍女が手入れをしていると思われる花が色とりどりに
咲き乱れている。は大きな木の根元に腰を降ろすとごろんと転がった。
同じ城にいるんだもん、会おうと思えば直ぐにでも会えるけど少しでも
姿が見えないと何時の間にか目で追って探しちゃう。
大きな溜息を吐いた。
「溜息吐くと幸せが逃げるらしいぜ」
突然、声が聞こえた。は驚いて上半身を起こし辺りを見回した…が、
誰もいない。
確かに聞こえた、あの人の声。
「馬超?何処?」
「上」
返事は直ぐに返ってきた。木を見上げると口角を上げて見下ろす馬超の姿に、
の顔は自然に綻ぶ。
「居たんなら声かけてよ」
咎めるように言うけどやっぱり顔は緩んでて。
「すまん、何してんのか眺めようと思って」
そう言って「よっ」と軽々木から飛び降りた。見事な着地だ。
「悪趣味」
「あ?なんだと?」
そう言って馬超はの額を軽く小突いた。目は笑ってる。
二人はその木の側に腰を降ろした。
「なんで馬超は此処にいるの?」
「あー…。岱から逃げてた」
きっと執務からだろう。そう言って悪戯っぽく笑う。端麗な顔に八重歯が可愛い。
「また?岱君可愛そう…」
「まぁそういうな。あいつは異常なんだ」
「真面目なだけでしょ。馬超と違って」
いつも余計な一言が出てしまう、可愛くない自分。
女は素直な方がいい、と誰かが言っていたけどそんな事…。
馬超は機嫌を損ねた様子もなくははは、と空笑いした。
一時、二人は無言で澄み切った秋の青空を眺めていたが、馬超が不意に
を覗き込んだ。は急に目の前に馬超の顔が現れて微かに頬を染めた。
「…なに」
「別に。お前が黙るから」
「何それ、いつもは煩いみたいな言い方」
「あれ?違ったか?」
はむっとして馬超に拳を振り上げた、が易とも簡単に避けられてしまう。
しかもそのままバランスを崩し馬超の方に倒れこんでしまった。馬超がそれを受け止める。
「!!ごめんっ!」
慌てて身体を起こそうとするが何故か意思とは反対の方へ…つまり馬超のほうへ
さらによっかかる形に。
「!?」
気付けば、馬超に抱きすくめられていた。
「あ〜…。暖かいなは」
馬超はを抱き枕のようにしてそのまま芝生に横になった。
「…何?馬超何してんの」
冷静に言ってはいるが声が震えないか、裏返らないか心配だった。
「……なんとなく。枕が欲しかった」
「……」
馬超は口角を上げに微笑みかけると「冗談だ」と呟いた。
―――眩しい。
さんさんと降り注ぐ太陽の光よりもには眩しく見える馬超の笑顔。
は胸が締め付けられる想いに強く目を閉じた。
このまま時が止まればいい。この、馬超と共に居る時間が永遠に続けばいい…。
何度もそう思ってみたけど、それは絶対に叶わない事。
「?」
馬超の声にはっとして目を開くとまた馬超はを覗き込んでいた。
今度は、心配そうに。
を抱く力が弱まった。
「…具合が悪かったのか?すまん、こんな悪ふざけを…」
そういうと馬超はを抱きかかえたまま上半身を起こし、を離そうとした。
「あっ…」
違う。ただ…触れられてるのが嬉しくて、今だけでも私の事を考えてくれているのが
嬉しくて。
「ち、違うの!!…馬超が暖かくて……」
は顔を真っ赤に紅潮させながらも呟く。
「そうか」
馬超は安心するように言うともう一度を抱き、肩に頭を預けた。
は馬超の背中へ恐る恐る手を回す。
「……」
「……」
無言の一時。
別に恋仲というわけではない。でも、友人よりは親しくて恋人よりは一緒に
居るときが少ない。そんな関係だった。
今のままで十分だ。このままで…。
これ以上望んでしまうと、もう耐えられなくなってしまう。
馬超が私の事を如何思っているのかなんて分からない。
否、分かりたくない。知りたくない。
怖いから。
よく廊下で女官達に囲まれてお喋りしているのを見かけるし、
今の私達みたいな事いつもしてるかもしれないし…。
「……ふっ」
突然、耳元で馬超の笑い声が聞こえた。
思ったより互いの顔が近いので、または紅潮した。
「お前さぁ…」
「何?」
次の刹那、馬超の口から出た言葉に耳を疑った。
「小猿みたいだな」
笑顔でいう。しかし、冗談を言っている風ではなさそう。
最低。普通、こんな時にいう?
しかも猿って…。
「……」
「可愛いじゃないか、小猿」
「…なんで」
「何時もは猿みたいにウキウキいってるくせに、今は俺の腕の中に
収まってるからな。小猿だ」
ウ、ウキウキって…。
「私の何処がいつも猿なのよ!?」
大声をあげた所為で馬超は少し顔を顰めた。
「いつも城内を忙しなく走っているしな。誰にでも人懐っこいし、
動きが猿みたいだし。後は…」
「……馬超」
「なんだ?」
「歯ぁ食いしばれ!!!!」
「は?」
――ばちん!!!!!!
よく音が響いた。
馬超は突然の事に声を出せずにいる。只、真っ赤になった頬を唖然とおさえている。
先程までの和やかな雰囲気は何処へいったのか、今はそんな雰囲気の欠片も無い。
「最っっ低ね!!!!この馬鹿馬超!!馬鹿馬!!」
は素早く馬超から離れて立ち上がると、城中へ駆けて行ってしまった。
残された馬超は、一瞬の内の出来事だった為何も出来ずに只呆然とを見送った。
最低最低!!
もう馬超なんて知らないわ。
さっきまでの私の恋心を返してよ…。
この後、廊下で二人を見かけて其れを見ていた姜維は今だ!!とばかりにを
慰める振りをして近づき、同じく鍛錬の帰りに通りかかった趙雲は馬超が
放心状態になっているのを見て慰めてやったのだ。
「…馬超、大丈夫か?」
我に返った馬超。
「……う、馬…」
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