「甘いっ!」
ガキンッ
「っ!…やはり殿はお強いですね」
「ありがと!でも姜維は日に日に上達してるよ」
ある日の午後の昼下がり、久しぶりに執務を早く終えた姜維は
女武将であると鍛錬をしていた。
周りの下級兵士達は二人の一騎打ちを見ようと片隅に寄りそれを
眺めている。
は尻餅をついている姜維に手を伸ばして立つように促した。
姜維はそれを掴むと身軽にすっと立ち上がると、尻についた泥を叩く。
「有難うございます。最近執務ばっかりであんまり体を動かしてなかったから
鈍っちゃったみたいですね」
「それにしてはいい動きだったけど?はいっ!姜維の」
そういっては傍らに転がっていた得物を差し出した。
姜維はそれを受け取ると苦笑した。
「まだまだですよ。私は馬超殿や趙雲殿みたいになりたいんです」
「でもさぁ。姜維は軍師殿の下で学に励んでるのにこうやって
武道だって頑張ってるじゃない?あいつらより全然すごいと思うけど」
からからとは笑っている。
あいつらとは無論、馬超や趙雲のことである。
二人が聞いたら怒るな。
姜維はそう思いながらに礼をいった。
「それにしても暑いっ!この季節はこれが嫌よ。まったく」
は独り言のようにぶつぶつ言いながら何処かへ行こうとしている。
「どちらへ?」
「へ?あぁ、あんまり暑いから水でも被ろうかと思って。姜維も行こうよ」
二人は先ほどの一騎打ちやこの暑さのせいで全身汗だくである。
しかも砂埃のせいで土まみれ。
たちが鍛錬場から離れるとまたいつものように兵たちは鍛錬を始めた。
二人は庭の片隅にある井戸まで来ると身に着けていた鎧を脱ぎ捨てた。
は井戸から桶いっぱいに水をくむとそれを勢い良く被った。
「きゃー!気持ちいいっ。はい、姜維も!」
姜維はから桶を受け取って何気なくを見ると……
透けている。の衣は彼女の綺麗な体の線にぴったりと張り付いていて
色の薄い衣のせいで肌の色まではっきりわかる。
姜維は慌てて目を逸らす。何処を見たらよいのか分からず、
目は泳いでいた。
「姜維?どうしたの?」
は気付いていないのか不思議そうに姜維を覗きこむように見上げた。
姜維の方はたまったもんじゃない。服が透けている上に
上目遣いで自分を見ているのだ。
しかも、は美人である。
姜維も男である。
堪らず目をかたく瞑ると声を張り上げた。
「あのっ…!殿!!…服!…」
「服?…服がどうした…」
は自分の服を見た瞬間、言葉を失った。
目を大きく見開き、がばっとしゃがみ込んだ。
「きゃーー!!…みっ見た!?見た!?」
「おっ落ち着いて下され!何も見てはおりませぬっ」
「嘘っ!だって…顔真っ赤じゃない!」
そう言っているはもっと真っ赤である。
「それは…!とっとにかく落ち着いてくだされ」
姜維は自分が持っていた汗拭き用の布をに覆い被せた。
は泣いているようである。声をしゃくりあげた。
「殿。立てますか?」
混乱しているようだった。は姜維の問いには答えず
縮こまっている。
姜維は小さく溜息をつくと頭の片隅にある男ならではの
考えを気合で振り切ると、に近づいた。
「殿、ちょっと失礼しますねっ」
の身体は一瞬の内にふわっと浮いた。
驚いて涙も止まってしまい、状況を把握しようと姜維を見た。
「っ…姜維…?」
「あっあの!見えてませんからっ!安心してくだされ!」
姜維の顔は真っ赤でを抱きかかえてはいるが決して
の方を見ようとはしなかった。
「殿のお部屋へお運びしますね」
は姜維の気を使ってくれているこの行為がとても嬉しく
感じられた。
暑い日ざしのせいか涙もすっかり渇いてしまい、少し
冷静になる。
ん?…この体勢。周りから見たら変じゃないかしら…
姜維は平気で持ち上げてくれてるけど…
お、お姫様抱っこでしょ…これ。
そう思うと急に恥ずかしくなってきた。
さっきよりも赤くなってるような気がする。
「あっ…姜維!いいよっ!自分で歩けるから!」
「しかし…あっ!殿!暴れないでくだされ!」
「だって!姜維に迷惑かけられない…!」
「あのっ!!あ、暴れたら…見えてしまいますっ!!」
ぴたっ。との動きは止まった。
姜維も顔を真っ赤にして一心に前だけを見ようと
努力している。
はこのままの体勢で部屋まで運ばれる事となった。
部屋へ行くまでに数人の女官と兵士に会ったが不思議に
見られるだけで何も言われる事はなかった。
姜維は部屋の前まで来ると入ろうか少し躊躇したようだったが
「失礼します」と一言呟いて入っていった。
すっかり大人しくなったはとてもしおらしくて
それがとても可愛いと思う。
そっと腰掛椅子に降ろされるとお礼を言うため姜維を
見上げた。
下から見るとよく分かるのだが睫毛がとても長くて
眉もきりっとしている。整った顔は微かに赤い。
改めて見る姜維の顔は端整で文句のつけようがない。
「…殿?」
はっと気が付くと姜維が訝しげに自分の顔を覗き込んでいる。
知らぬ間に見惚れていたようだ。
は顔を真っ赤にして俯いた。
は…恥ずかしい。こんな、誰かに見とれるなんて
初めてだし…自分でも良く分からない気持ちがある。
なんだろう…これ。
「このままでは風邪をひいてしまいますよ。着替えた方が
よろしいかと。では、私はこれで」
そういって姜維は出て行こうとした。
しかし、自分とは反対の方向に引かれる力を感じた。
振り返ってみるとの手が自分の腰布をきゅっと掴んでいる。
も自分がどうしてこんなことしているのかがわからない。
自分で自分に戸惑っているが今更「なんでもない」など言えない。
「あ…えっと。あっ!そうっ有難う!!」
これではお礼がついでみたいな言い方である。
「…っぷ!あははははっ」
弾けたように急に笑い出した姜維には戸惑う。
訳が分からずおろおろするに姜維はお腹を抱えながら
「ごっごめんなさいっ」と苦しそうに言った。
「あはっ…いやなんかいつもの殿と違って可愛いから」
ふぅ。と一息ついて呼吸を整えると笑顔を漏らした。
「あの、いつもが可愛くないとかではなくて普段は男達に混じって
鍛錬していらっしゃるから…こういう姿は見れなくて…」
「えっ…と…。どうも…」
なにかおかしい。姜維の顔をまともに見ることが出来ない。
恥ずかしい?否、なんだかドキドキする…。
は姜維を見ることが出来ずに俯いてしまった。
姜維はそれを不思議そうに見たが何も言わなかった。
「では、また夕食の時刻にお会いしましょう」
姜維が出て行った後、は顔を真っ赤にして両手を頬に当てた。
「熱い…」
ぱたん。
姜維はの部屋を出るとそのまま戸に寄りかかった。
額に手をあてると小さな溜息をつく。
「まいったな…。丞相。私、表情には出ませんでしたよ。
少しは成長したでしょうか…」
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