「今夜は月が綺麗さ」
十六夜の月
ぼそりと、呟くように天化は言った。
煙草の煙をゆっくりと口から吐き出しながら、見つめる先は晧晧と輝く十六夜の月。
それが、あたしが天化を見た最後の姿だった。
天化は、いつも大切なことは何一つ話してくれない。
全部自分一人で抱え込んで悩んで答えを出そうとする。
私はそんなに頼りにならないの?と、何度思ったことだろう。
天化は、私をまっすぐには見てくれない。
「好きさ」なんていいながら、いつもほったらかし。
私は、いつも天化のあの大きな背中しか見ることが出来ない。
それでも貴方が大好きだから、いつまでもその背中を追いつづけていこうと、思っていた…のに。
「…天化が、封神された」
この想いはどうぶつけたらいい?
どうして何も言ってはくれなかったのだろう。
私は天化にとってそこまでの存在?
―――――周軍宿営地
「……」
「………」
天化が居た幕舎に閉じこもり、何日も出てこようとはしないに見かねた楊ゼンが
心苦しい思いで幕舎を訪れた。
は天化が使っていた寝台の傍で身体を小さく丸めて蹲っていた。
その肩は小刻みに震えている。
天化が封神されてから、何も喉に通していない。
遠目から見ても随分痩せたことが目にとって見える。
「…ちょっと外に出てみないかい…?」
「…………」
ふるふる、と力なく首だけが微かに動いた。
「……そろそろこの幕舎をたたんで、朝歌に入らないと…」
「…私を、置いていって下さい」
久しぶりに聞いた彼女の声は、水分をも喉に通していないためしわがれていて
鈴を転がしたように可愛かった以前の声とは全く違っていた。
楊ゼンがに近寄ろうとすると、は「来ないで下さい」と小さく言った。
仕方なく足を止めて小さく溜息を吐く。
楊ゼンは、どうしようかと未だに迷った表情をしていたが、が一向に此処を動く気がないと
思ったので、決心したように一度頷いた。
「。よく聞きなさい」
相手に有無を言わさぬ、そんな強さが篭った声だ。
「天化君が」
天化、という声に反応したのか、はぴくりと肩を跳ねさせた。
「天化君が、君に手紙を残した」
は初めて顔を上げて楊ゼンの顔を仰ぎ見た。
顔色はとても悪く、目は泣いて腫れ、痛々しい姿をしていた。
それでも楊ゼンはをまっすぐに見ながら続ける。
「天化…が……?」
「に渡してくれ。と頼まれたんだ。君がもっと立ち直れなくなりそうで渡すのを渋ったけど…このまま僕が持っていても仕方ないし」
天化。
「…………」
「…いいかい?読むよ」
「っ…ま、待って下さい…」
いざ、読もうと楊ゼンが肺に空気を入れた瞬間、が静止をかけた。
不思議そうな顔でを見つめると、はぎゅっと目を瞑り辛そうに顔を顰めていた。
聞きたい。見たい。
天化が書いた文字を。天化があたしを想いながら書いてくれた手紙を。
天化が、生きていた証し。
でも、恐い。読んでしまったら、読み終わってしまったら、全てが終わりそうで。
いつか、天化への想いが消えてしまうんじゃないかって、不安で恐くて仕方がない。
「…自分で読む?」
「…………」
は暫く腫れぼったい目を地面に泳がせた後、小さく頷いた。
それをみて楊ゼンは微かに溜息を吐いた。
そして、ゆっくりに近寄ると天化の手紙をそっと手渡す。
の、天化の手紙を受け取る手は微かに、震えていた。
「…じゃあ、僕は行くね…」
「……楊ゼンさん、…ありがとう、ございます」
「……じゃあね」
楊ゼンは小さな笑顔と共に天幕から出て行った。
「…………」
中々手に入れることが出来ない、珍しい真っ白な封筒だった。
その封筒には何も書かれてはいない。
透かして見れば手紙らしい紙切れと、なにか硬いものが入っている。
ゆっくり、中を開く。
封筒を開けた瞬間。
天化の、煙草の匂いがした。
この手紙を書いていたときも、いつものように煙草を吸っていたのだろう。
匂いが染み付くくらい長い間をかけて手紙を書いてくれていたの?
柄じゃないから疲れただろうな。普段、文字なんて書かないから大変だっただろうな。
何を想いながら、書いてくれたの?
………自分が、封神されるって、分かっていたの…?
そんなことを思いながら開けた封筒と手紙を見つめて、また自然と涙が零れる。
歪んだ視界で、震える手で、静かに天化の手紙を開く。
初めて見た天化の文字は、意外と綺麗で達筆だった。
真っ白な紙に浮かんだ天化の文字が涙で読めない。
手紙に滴が零れてしまわぬよう、手で涙を拭った。
『
黙って行って済まないさ。には本当に感謝してる。
がいつも背中を見ていてくれたから、護ってくれてたから俺っちは
ここまで戦うことが出来た。
本当に、本当に心から愛してるから、の方を向いてしまうともう、どこにも
行きたくなくなりそうで、に溺れてしまいそうで恐かった。
だから、冷たい態度も取っていた。ごめんな。
この手紙と一緒に入ってる首飾り、にあげるさ。
俺っちが大好きなものさ。
、ありがとう。愛してる。
』
「………」
文章の、最後に何かの文字を塗りつぶした後があった。
墨で塗りつぶしてあって一見読み取ることが出来なさそうだが、よく目を凝らして見ると
何となく分かる。
『俺っちが帰ってきたら、、結婚してくれ』
「…っ!」
この最後の文字を塗りつぶしたのは、帰ってくる自身がなかったから?
…違う、天化はそんな人じゃない。
ちゃんと帰ってくる気でいたんだ。あたしの元に帰ってくる気でいたんだ。
じゃあ、なんで?
「…天化…腰の、傷」
長く、ないって知っていたんだ。自分で分かってたんだ。
だから、言わなかったんだ。
「馬鹿、天化の…馬鹿」
そんなの関係なかった。天化と一緒に居られる時間がどれだけ短くても、その短い時間を何倍も、何十倍も
共に幸せに過ごしたかった。
一分でも、一秒でも、天化と共にいる時間を感じたかった。
天化の温もりを感じたかった。
手紙と共に入っていたのは、天化の好きな月を象った透明な石の首飾りだった。
「綺麗、…三日月」
そういえば、天化を見た最後の夜も天化はいつものように煙草を吸いながら月を見ていた。
そっと首につけてみると、それは少し重くて、温かかった。
天化が、此処に居る。一緒に居てくれる。
天化を感じるように、目を閉じて優しく首飾りを手で包み込む。
「ありがとう、天化」
愛してる。
天幕を出ると、今宵も綺麗な月が出ていた。
十六夜の月。
もう落ち込まない。天化はずっと此処にいてくれる。
「天化、今夜も月が綺麗だよ」
さあ、歩こう?天化。
一緒に、ずっと一緒に。
--------------------------------------------------
最近は、月がとても綺麗ですね。って事で十六夜の月でした。
月を見ると何だか少しだけ悲しい気分になります。
死にネタでごめんなさい!
しかも手紙のところなんかうさんくさくねぇ?(笑)
中途半端に終わってますね…本当、何もかもごめんなさいですよ(゜Д゜;
2005/9/30 一葉